Gallery MORYTA

小林健二 展 - 妖精の場所・A Place of Fairly -

Kenji Kobayashi Exhibition

2007年12月 1日(土) - 12月27日(木)
小林健二 展 - 妖精の場所・A Place of Fairly -

妖精の場所

1

妖精たちはときどき絵に描かれたりもする
たとえ唯にも見ることはできないとしても
それらはたいてい小さく 翅のようなものを持ち
そしてかわいい
ときにはまるで指揮者が使うような魔法の棒を携えているが それは針葉樹の葉先である
あるいは良く縫製され仕口も特別製
移ろうような夢色の材質によって出来上っている風のような服状のものを見に纏い
それらが飛び去った空中には 暫くの間燐光する鱗粉によって 軌跡が残ったりもする
「本当に?」「妖精なんているわけないさ」
日常 人間にとって何もかも受け入れすべてを信じるために 
あまり智慧は必要とされず 高い知性はもっぱら疑いを持つために必要とされる
つまり何でも信じるということは 多かれ少なかれ間が抜けて見られることでもある
でもその童話じみた子供っぽいこれらの儚い存在を信じていることが無意味なことと 
いったい唯が咎めを受けるというのだろう

2

人の世は辛い 人は人によって傷つき また傷つける
人古 そして人以外のすべてのものに対しても
人は そのこころの中で幼い頃から正しく美しい世界を夢みる特性を 天然によって付与されている
しかしその壊れ易い瞳の輝きは 顕現した世界のみを信じるものたちとの他愛なき接触によって 変性してゆく
人は万物を支配することを望み
それぞれの神の名のもとこの世を奪い合う
人の世は一見便利となり またそのために新たな苦しみも生まれ出ずる
その生命力が満ちて 自身を強いものと信じれるとき そこに「妖精」などが必要でないばかりか その話題はずいぶんと面倒なことになる
何故なら そんな手弱いものたちについて考えることは 今の生活の速力に影響を及ぼしかねないと考えるからだ
強いものは自分を愛しそして信じているから

3 

でも人は傷つき また老いる 弱いものへの道を選ばざるを得なくなる時がくる
また時には により不慮の事故によっても 人の世の道の側に立ちとまるとき 人は多くのことに気づかされる
やがて遠くなく必ず訪れる個体によるひとつの終末を 
しかしまた 弱い自分の中に古代から受け継いできたことを少しづつ 幼い頃の本当の自分と向き合う時間
思春期のような真直ぐなこころと再び出合い
「この世とは何か?」「本当の幸せとは?」「私は誰で何故此所にいるのか?」
人は弱くなってたくさんの問を思い出す
そんな夜 あるいは朝に それぞれのこころの隙間から仄かなひかりが 
風に運ばれる植物の種子のように現われてくる
それらは いかなる勢力でも生命体でもなく超自然的な生きているすべての生きものの希みなのだ
極大なこの星の時間の中で それらは善意と希望によって生成された一つの現象なのだ
人はそれら目に見えない存在を知っている
人の造った宗教の神とは違う あえかでたよりないそのものに 
海や山 空の精霊たちと敬意をもってうやまってきた
想像の中で人はそれらのものに美れいな服を着せ 輝くようなよろこびにつつまれているものを信じたいと願う
それらこそ妖精で人によって希われたもっとも弱く美しいものたちなのだ
そして その存在をもとめてとどめいている場所こそ 人のこころの内にある

小林健二

■ Opening 12月1日(土)pm4:00~ 「小林健二を囲んで」