Gallery MORYTA

斎藤真一 追悼-遺作展

Shinichi Saito exhibition

1995年3月18日(土) - 4月 9日(日)
斎藤真一 追悼-遺作展

人生はさすらいである。  
荒涼とした道なき原野の中で
 独りぼっちヴァイオリンを奏で   
わびしい音色を聞きながら 
私はさまよう.....。


越後の山野をさまよい歩く瞽女をひとすじに命がけで描いて、
昨年9月に死去した齋藤真一の遺作展。

1964年(昭和39)冬、北陸を旅して、初めて瞽女を知り、彼女たちの姿や生活様式の古風さに打たれた齋藤は、その後、越後の瞽女宿三百軒を巡り歩き、亡き多くの瞽女の発掘にかけ、二百人の瞽女の存在を知る。それは貧しさと孤独を三味線にたくした凄絶な苦行であり、寂しく貧しいがゆえに群れ、群れれば裏切りが生まれ、リンチをほどこす者と受ける者が出る、地獄であり、飢餓道ある。その過去世の記憶を三味線にたくして歌いつづける。
 

  それを齋藤は血をイメージさせるような重く、濃い赤を主調に描き続ける。「越後瞽女日記」(1972年)の盲目の旅芸人たちは何ともやり切れない悲しみと孤独に彩られている。「みさお瞽女」のひとり孤独の淵に沈む老いた瞽女、「陽の別れ」の真っ赤な雪原に沈む並木道を三味線を抱えて独り歩み続ける瞽女、「妙音講」の瞽女一座の興行....。
 

  それらはいずれも顔をデフォルメし、情熱の炎がいきなり凍りついたような赤で彩られ、孤独という業火に灼かれるような赤で描かれている。また透明度のある赤のようで、生き物のようなねっとりとした赤で縁取られていたり、塗り込められていたりする。
 

  また「明治吉原細見記」「吉原炎上」を描いたり、スペインのジプシーを追って作品にもしている。放浪する魂を描き続けた齋藤の心の中にまで焼きついてくる色の魂は、見る者の目を奪わずにはいない。1922年岡山県生まれ。油彩、水彩、デッサン、掛け軸、版画三十点。

※1995年3月29日(水)読売新聞


命の火を燃え立たせた赤
命の輝きを描く


 齋藤真一の絵に惹かれたのはいつのことだっただろうか。彼の名前を聞いただけであの朱に燃える太陽の色を思い出す。それは自分が見たその時々の茜に染まる色に重なる。幼い頃寺の境内でみた夕日であり、九重高原に沈む夕日であり、北国カナダの地平線に沈む夕日であったりする。 


  齋藤の絵に「紅い陽の道」というのがある。瞽女さんが太陽に向かって歩いている絵で、濁りのない澄んだ赤が心に沁み込んでくる。私は長い間、それが夕日の赤だと思っていたが、齋藤はそれが朝日だといっている。一点の曇りもない明け方の太陽だと。しかし、それは結局どうでもいいことなのだ。人は誰でも自分のなかにいろいろな色の記憶を抱えて生きている。齋藤はいう。「瞽女さんからいろをもらった」と。

  六歳の時失明した杉本キクエさんには、何十年たってもはっきり見える色がある。越後の高田平野に沈む夕日の赤だという。盲目の杉本さんからその話を聞いた齋藤は、杉本さんの心のキャンパスに描かれたその赤を描いてみようと思ったのだ。それがいろをもらうということだった。齋藤は瞽女さんから数えられないものをもらっている。「人生にはさすらいがあって出逢いあり、愛が生まれ、やがて離別があり、祈りがある、そして彼岸があるのだと信じている。この、人生の大きな鉄則を知って生きてゆかないと、とんでもない間違い起こすことになるのではないかと思っている」(「大法輪」1977)この考えこそまさに齋藤が十年もの間瞽女さんとともに歩いて知った人生哲学なのである。

 齋藤が描こうとしたのはそんな、人が心の中にひそかに抱えている色の記憶の風景名のであり、命の輝きである。だからこそ、齋藤の絵に自分の生き様を重ねてみることができるのだ。現在の私が齋藤の赤に重ね合わせて見えるのは、何だろう。記憶の中で燃え続ける赤であり、生命を生み出す女たちが流し続ける血の赤である。


生涯自分探しの旅
 

  齋藤はいう。絵の中に描きたいのはエロティシズムだと。瞽女さんの生き方に見たエロティシズムは悲しいばかりに澄んだエロティシズムである。
  瞽女さんは、越後の村から村へ旅を続ける盲目のさすらい人、日本のジプシーである。独自の規範の下に生き、家から家へ陽の温もりを贈り届ける語り部であった。
 

  失われてゆく古い美意識について語るのはたやすい。日々の暮らしの中で自分自身の心の奥底に燠火のように燻り続けているものと同じくらいに。匿し持っているエロスへの憧憬、セクシュアリティへの渇望を、心の奥深く塗りこめて生きていることも。しかし、齋藤がいうように人が根源的に求めているものがエロティシズムであるのなら、それを覆い隠すことができはしない。カサカサと乾いた心からは人の心を打つ何ものも生まれてくることはないのだと、齋藤の絵は語りかけてくる。


  何かに心の芯まで浸って生きることなどできない私は、このようにつかの間、絵や映像の世界を通して非日常の世界に入り込み、癒されることのない渇望に目覚める。そしてそれを詩に書いてみたりしてはまたそっと塗り込めるという、手すさびのような日常を繰り返しているのである。生涯自分探しを続けた放浪の旅人、齋藤真一のような生き方を羨望しながら。

※1995年4月5日(水)西日本新聞  田島安江